Aubetteをめぐるあれこれ


Aubette(オベット)を知っていますか?


オベット自体は1765年から1778年に建てられた、ネオクラシック様式の建物で、ストラスブールの中心クレベール広場に面しています。現在は1階部分には、スタバやアップル、ザラなどおしゃれなお店が入っていますが、今回話すオベットは1920年代後半に3人の芸術家によって作られ、あっという間に消えてしまった、新しい芸術の足跡です。



少し歴史を話しますと、オベットには、1845年からはカフェがあり、1869年には市の美術館が入っていました。しかし1870年に火事で消失してしまい、ストラスブール市は1911年にこのオベットに新しい近代的なものを作ろうと考えます。そして1922年にアルザス地方南部の街ミュールーズ出身のホルン兄弟がこの建物の右翼側に複合娯楽施設(complex de loisir)を作ることを計画します。当時、パリやベルリンにすでにそのモデルとなるような豪華な施設があり、そこには当時の芸術家やお金持ちが集い国際都市としての華やぎを見せていました。彼らはストラスブールにもそのような娯楽施設を作ってやろう!と意気込んでいたわけです。



1926年に、彼らは芸術家であるジャン・ハンス・アルプ(Jean Hans Arp)とその妻で同じく芸術家であるソフィー・タウバー-アルプ(Sophie Taeuber-Arp)にその設計を依頼します。これを引き受けたカップルは、より建築に詳しい友人のテオ・ヴァン・トースブルフ(Theo van Doesburg)にも参加してもらうようお願いします。彼はモンドリアンらとともにデ・ステイルを結成し新造形主義を発展させていったオランダの芸術家です。

左からテオさん、ソフィーさん、アルプさん。アルプの背後にはゆるキャラにいそうな顔がこちらを見つめています。


こうして3人の芸術家によりオベットの製作は進められていきます。しかしその中心となったのはヴァン・ドースブルフで、彼はこの建物を全体芸術作品(l'oeuvre d'art total)として捉えていました。つまり、壁の装飾だけにとどまらず、家具もそれにあわせて作り、看板の文字までも手がけました。主要な設計プランは1927年始めに完成し、そこから1年かけて工事が行われ1928年2月にオープンします。


オベットは地下1階、1階、中1階、2階の4階構成になっており、三人の芸術家がそれぞれに部屋を分担しました。



ヴァン・ドースブルフによるCine-bal.(修復後)

できあがった様子は写真を見てもらえば分かると思いますが、当時としてはとても斬新でした。というか今でも、インパクトのある装飾ですよね。四角に切り取られた色の組み合わせが独特なリズムを与えています。ストラスブール市民には全く受け入れてもらえず、非難ごうごうでオープンして間もなく取り壊されてしまいます。



現在、修復され一般に公開されているのは2階にあるCine-bal(映画・ダンスホール)とsalle de fête(パーティールーム)(ヴァン・ドースブルフが装飾を担当)、foyer-bar(バー)(ソフィー・タウバーが装飾を担当)、そして中1階の階段です。Ciné-balの装飾を見ると、ヴァン・ドースブルフの理念である要素主義がよく分かります。これは彼が1920年代なかばに主張とした説で、新造形主義において、実作品における自由さ・多様性のためにそれまで重視されていた「垂直線・水平線」に加えて「斜線」を導入しようとしました。

残念ながら、アルプが手がけた地下1階のbar américan(アメリカンバー)とcaveau-dancing(ダンス・キャバレー?)を含む、他の部屋は修復されていません。



残された写真から、アルプの手がけた装飾をよく見てみると、そこで使われたモチーフというのは彼が同じ年に制作していた作品に非常に似ていることが分かります。1920年代前半から彼は、丸みを帯びて、とても単純化された形を使うようになります。例えば、へそ、木のようなきのこのような形、顔、蝶ネクタイ、ひげなどなど。丸くてかわいい、何かよく分からないけど身近に感じる、そんな形たちです。

ふわふわと非現実的な世界に誘ってくれる不思議な形に囲まれたこの部屋を、色付きで実際に見てみたかった!

アルプ自身も自分の作品の完成度をヴァン・ドーズブルフに宛てた1928年1月6日の手紙で「僕の部屋はとても魅力的だと思う」(Je trouve ma salle si appétissante.)と評価しています。



しかし先程も述べたように、彼らの芸術の結晶は全く受け入れられませんでした。


ここで紹介するのが、ヴァン・ドースブルフの手紙です。Aubetteの反応が悪いことに失望し怒り、1928年11月7日に建築家で美術批評家であるAdolf Behneに宛ててこのような手紙を送っています。



ストラスブールのオベットは《全体芸術》の時代がまだ生まれていないことを教えてくれた。オベットが完成し、開館式を行う前は、本当にすばらしく、何年も前から私達の気にかかっていた仕事、つまり全体芸術の作品、の最初の成果として非常に重要なものであった。しかし、オーナーが人びとの判断を信用するようになってから(もちろん彼らはオベットを生彩がなく、人を快く迎えるものではないと判断したよ)、彼はすぐに、オベットの中にあるべきではないものを置いた。人びとは彼らの《茶色い》世界を捨てることができず、頑なに新しい《白い》世界を拒否している。人びとはくその中で暮らしたいのだから、くその中で死ねさえすればいいのだ。建築家が人びとのために作り出すのと同じように、芸術家は人びとの上に創造し、新しい態度を生み出した。それはすべての点において、古い習慣に対立するもので、そのためにそれぞれの芸術作品は破壊力を持っているんだ。[…]建築は、応用芸術と同じだけ、破滅へと続く道である[…]。


「くその中で死ね」という言葉からは、怒りが恨みに昇華してしまったのを感じます。この伝統から逃れられない古臭い街め!!ということでしょうか。



今度はアルプがヴァン・ドースブルフに宛てた手紙を見てみてみましょう。(1928年3月16日。)こちらもオープン後の手紙です。両者の性格の違いが分かる気がします。

親愛なるドーズ。

君の素敵なカードを受け取ったよ。どうしてbeckenofen lewerknepfle et bibbeleslase(1)について何も書かないんだい?来週の中頃にはストラスブールに行き、君たちに会えるのが楽しみだ。

まだどれくらいマンステールチーズにつかっているつもりだい。

どうして写真を送らないんだい、どうして写真家は君に約束したプリントを送らないんだい。昨日、重要な話し合いがあったんだが、残念ながら君の仕事について何も見せることができなかったよ。

僕の分のプレッツェルを残しておいてくれよ。[…]

キルシュはたくさん飲んでるかい。

トンネルにまた色を加えるより、popo bonheursに多形性の形を与える方がいい。お願いだ、ホルンに、樽はなんとしてもバー(2)から消えるべき、ずっと遠くに消えるべきだと言ってくれ。[…]


(1) オベットを指すと思われる。ここで使われている言葉は全てアルザス地方の伝統料理から取られている。

(2) アルプが装飾を手掛けたアメリカンバーを指す。彼はここに場違いな酒樽を置かれることに反対していた。


マンステールはアルザスのマンステール村で作られる、強烈な臭いが特徴のチーズ。私は割りと好きですが、アルザス人であるアントニーは大嫌い、生粋のアルザス人である彼のお父さんは大好きという、日本でいう納豆的な立ち位置のチーズです。

キルシュもアルザスでよく飲まれる蒸留酒。つまり、この手紙にはアルザスを連想させる言葉はたくさんちりばめられています。アルプの茶目っ気というか、言葉遊びのセンスを感じます。アルプはこの手紙をチューリッヒから書いていますが、オベットのその後を心配している様子が分かります。


結局、彼らの成果はオープンして数年もしないうちに壊されてしまいます。1994年に最初の修復が行われるまで、彼らのそれまでの伝統を打ち破る新しい芸術の試みは忘れ去られたままだったのです。



ここで個人的な感想ですが、"Ciné-bal"というコンセプトが面白い。映画見ながら、おしゃべりしながら、ダンスもするというコンセプトなのでしょうか、それとも映画も見れるし、ダンスもできる、多目的ルームということなのでしょうか。当時、人びとがどのように使っていたのか見てみたいです。実際に訪れた方はどう思いましたか?


また、この3人の芸術家の制作協力体制も面白い。もともとは、アルプとソフィーに依頼された仕事だったのに、後から来たテオに大部分を持っていかれてアルプは不満じゃなかったのだろうか。

さらに、テオとソフィーの直線を多用した幾何学模様の装飾とアルプの丸くてほわほわした形の装飾がとても対照的で、それぞれが自分の信念に従って仕事をしていたことが伝わってきます。


ちなみに、現在のオベットはだだっ広いホールという感じで修復された壁だけがにぎやかで少しさみしい。ここで、パフュームのライブとかしたら素敵なんじゃないだろうか。彼らはこの何年も先を行くデザインの部屋でどんな音楽がかかることを想像していたのだろうか。みなさんはどんな音楽をこのオベットで想像しますか?


オベットの修復された部屋は現在見学可能です。ちなみ入場無料で、英・仏・独の無料音声案内を借りることができます。外からみる荘厳な外観と中に入ったときのギャップに驚くはずです。

また、Musée d'Art modern et contemporainにおいてオベットのために作られたステンドグラスを見ることができます。こちらもぜひ行ってみてください。


参考文献:Mariet Willinge et al., L'Aubette ou la couleur dans l'architecture, 2008, Musees de la ville de Strasbourg.

Deep@Stras

大聖堂で有名なフランスの東のはじっこ、ストラスブールで暮らす兼業フリーランサーのブログ。日々の暮らしのこと、フランス生活で役立つことなどを発信していきます。

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