読書メモ)『アルザスと国民国家』

Bonjour, こんにちは!


さら~っと聞いて知ったつもりになっていたアルザスの近現代史を、当時の資料に基づいて丁寧に解説してくれる本に出会いました。中本真生子さんの『アルザスと国民国家』(2008年、晃洋書房)です。


アルザスの大きな歴史的出来事といえば、やはり4度にもわたるフランス・ドイツ間で行われた帰属変更。


それまではフランス王国領だったアルザスは、普仏戦争におけるフランスの敗北によって1871年にドイツへ割譲され、第一次世界大戦のドイツの敗北によりフランス領に戻り、第二次大戦中の1940年にナチスドイツに占領され、第二次大戦後に再びフランスに戻ります。


戦争を知らず、日本という国で平和に生きてきた私には、あまりにも想像し難い状況でした。

この本は、当時の人々がどういう状況の中暮らしていたのか、その状況をどう捉えていたのかなど、日本語文献で見つけるのが難しいであろう内容を丁寧な研究をもとに、説明してくれています。


今回は、特に面白かった部分をご紹介。


愛らしいイラストに隠れた意味―HANSIおじさん

HANSIとは、本名をジャン=ジャック・ヴァルツという風刺画家、絵本作家(1873-1951)。アルザスの観光地には、必ずといっていいほど、彼による可愛らしいアルザスのポストカードが売られています。おそらく、アルザスを描いたイラストレーターとして一番有名なんじゃないだろうか。しかし、その歴史的背景を紐解いていくと、そこには愛らしいイラストに隠された彼の戦略があったのです。


「彼が最も活躍したのは第一次世界大戦前夜、ドイツ帝国へと割譲されてから40年を迎えようとしていた頃のアルザスと、同時期のパリにおいてであった。彼の作品の特徴は、何よりもまず明白な「反ドイツ/親フランス」というスタイルにある。彼は美しいアルザスの風景の中に入り込んだ「野蛮で高慢な」ドイツ人たちの姿を風刺し、また「フランスを愛し続けている」アルザス人たちの姿を飽くことなく描いた。」


しかし、彼の描いたアルザスは当時のアルザスを正確に反映したものなのでしょうか?

著者によると、当時のアルザスの状況は必ずしも完全なフランス志向ではなく、むしろそれらは少数派であり、人数的にはドイツ兵として戦場に赴いた若者のほうが圧倒的に多かった、つまりドイツ人としての意識の方が強かったのです。


しかし、このアルザスから発信された「フランスを愛するアルザス」のメッセージは第一次世界大戦直前のフランスに大きなブームを巻き多し、さらに大戦終結の直後に出版された2冊の絵本は、フランス軍によって「解放」され、フランスへの復帰を果たしたアルザスの幸福感を描き出し、フランス「内地」では熱狂的に受け入れられたのです。


そして、現在、彼の必ずしも当時のアルザスの状況を描いたわけではない、「親フランスのアルザス」が、アルザスを代表するイメージとなって現代の人々に消費されていく。面白い構図。HANSIおじさんのかわいいイラストへの見方が少し変わってこないでしょうか?


ちなみに、ColmarRiquewihrにHANSIの美術館がそれぞれあるみたいです。そこでは、彼の作品について、どのように説明されているのか、気になります!


小学校の先生による日記「私は何人なのか?」


本書の第四章から第六章で、著者はフィリップ・ユセールという市井のアルザス人の日記を通して、4度の帰属変更を人々がどう受け止めていたのかを探っていきます。


その中で特に印象的なのが、彼の体制変化への受け止め方です。第一次世界大戦勃発から4年余り、一貫して親ドイツ的であり、フランス軍のアルザス侵攻を嘆いていた彼でしたが、1918年10月に入り、ドイツの敗戦が色濃くなっていく頃には、「われわれはまもなく解放される・・・フランスの兄弟たちに接吻しよう」という内容のフランス語の記事を引用し「フランス万歳、フランスのアルザス、ロレーヌ万歳!」と書き記しているのです。


こんな簡単に自分の意思を変えることができてしまうの?と驚きが隠せませんでしたが、


「ユセールの目を通して見たアルザスの人々は、ドイツの敗北と前後してドイツ派からフランス派へと大挙して転換した様子である。それは一見アルザスの人々の日和見主義に見えるかもしれない。しかしそこに帰属意識の柔軟性、あるいは「国民」という存在の可変性が秘められていると考えることも出来るだろう。」


なるほど。戦争という非常事態に置かれていた当時の人々にとっては、自分の生活が一番重要であり、自分がどの「国家」に属するのかというのは、二の次になるのは当然なのかもしれません。彼の日記は第二次世界大戦終結まで続きます。3人の娘の結婚により、家族内にフランス側とドイツ側という敵対関係が生まれてしまう状況などは、読んでいて本当に辛かった・・。

彼の日記は、Un Instituteur alsacien. Entre la France et l'Allemagne, journal 1914-1951として1989年に出版されています。読まなきゃいけない本リスト入りです。


歴史の解釈をめぐって―マルグレ・ヌ


本書の最終章を締めくくるのが、第二次世界大戦期の Malgré nousマルグレ・ヌの問題です。

「私たちの意思に背いて」というこの言葉は第二次世界大戦から半世紀を経て、ようやく「語りうるように」なりました。マルグレ・ヌ、それは第二次世界大戦期、ナチスドイツに「併合」されたアルザスとモーゼルからドイツ軍に強制招集された約13万人の男性たち。


著者は、二人のマルグレ・ヌの当事者の経験を挙げ、戦後すぐには語られてこなかった経緯を分析し、こう締めくくります。

「「ナチズムの犠牲者」としての立場を国家に承認させ、国民的共同体の中へと回収されること、国民的記憶の中にアルザスの体験を位置づけること。(…)現在のアルザスが、フランスが為そうとしていることは、まさにこの一世紀以上前の定義に則り、アルザスの記憶をフランスの国民的記憶の中に位置づける作業そのものに見える。」

「「悲劇」の原因は全てナチスドイツに被せられている。そしてマルグレ・ヌの悲劇を最も深いところで規定している徴兵制というシステム、つまり国家がその国民に「国家のために戦うこと」を命ずる権利そのものについては、疑念が挟まれることはほとんどない。」


そして現在のアルザスは、フランスの中でも特に愛国心が強い地域となっているのです。改めて、「国民国家」という存在について考えさせられます。


以上ほんの一部分ですが、アルザスに興味のある方、旅行、留学を考えている方など、本書を一度読んでから現地に足を運んでみるとより深く、アルザスを味わえるのではないかな、と思います。


Deep@Stras

大聖堂で有名なフランスの東のはじっこ、ストラスブールで暮らす兼業フリーランサーのブログ。日々の暮らしのこと、フランス生活で役立つことなどを発信していきます。

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